前回からの続き↓
いつ頃正常診療に戻ったのか、実は記憶がはっきりしません。前回も書きましたが、覚えていない事も多々あります。15年も前の事を、事細かく覚えておく方が大変かもしれません。それでも、一部の記憶は昨日のごとく思い出されます。世の中にはその体験が忘れられず、まだ整理のついていないかともおられるかもしれません。それほど震災というものが我々にとって大きなものだったという事です。その後、神戸は飛躍的な復興を遂げましたが、その4年後に台湾の台中付近で大きな地震がありません。9.21集々大地震です。そのとき、僕は神戸大学派遣の医療救援隊の一員として台湾に1週間滞在しました。我々が、震災時にうけた色々なご恩を返しに行く番だと思い参加しました。そして新潟の地震、兵庫の水害などその後も次々と自然災害が起きています。しかし、あの震災のときに根付いた本当のボランティア精神は受け継がれ、また、あのときの反省をもとに作られた危機管理がことあるごとに整備され、少し表現は適切ではないかもしれませんが、あの地震が今の世の中に役立っている部分もあるのだとつくづく思います。貴重な経験でした。おなくなりになられた方のご冥福をお祈りし、震災記念日シリーズを終わりたいと思います。
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